カタツムリ観察日記(2018.6.28~6.30)

見事に、何をさせても三日坊主になるようで、7日ぶりのブログである。

子どもの頃からブレなく三日坊主なのを、さっき人間の夕食のためのレタスをちぎりながら、つらつらと反省した。

で、思った。

三日坊主をいけないことダメなことと思うんじゃなく、三日坊主を三日坊主なりに飛び飛びにでも続ければ、それはそれで継続ってことになるんじゃないか。

○○○空空空空空空○○○空空空空空空空空○○○空空空空○○○空空空空空空○○○……これを1年続ければ1年続いたことになる。おお、わたしは開眼した!

 

6月28日

タツムリはせっかくのバナナを食べてなかった。リンゴは少し食べた形跡があった。バナナはカタツムリ的にちょっと熟し過ぎてたのかもしれない。リンゴも冷蔵庫の中に入れてたのをあげたとはいえ旬のものじゃないから口に合わなかったのかもしれない。

昔飼ってた猫を思い出した。その猫はスーパーで買ってきた刺身は食べなかった。漁師の家のおばあちゃんがリヤカーを引いて売りに来る魚や刺身なら食べた。それを猫のぜいたくさグルメさと思っていたが、カタツムリのおかげでわかった。天然の生き物のほとんど(バクテリアやダンゴ虫などでない限り)は、食べるものの古い新しいがわかり、なるべく鮮度のいいものを食べようとするのだ。ぁぃさんのブログに書いてあったことの合点がいった。

(とすると、悲惨な状況で飼われている犬なんかは生き物としてまともに扱われてないってことだ。酸っぱい匂いのごはんに酸っぱい匂いの味噌汁をかけたものを食べさせられている犬を見たことがある。やせていて、ところどころ毛が抜けていた)

 カタツムリの飼育ケースの中はバナナの匂いが充満していて、カタツムリの姿が見当たらなかった。匂いに敏感なショウジョウバエに嗅ぎつけられる前にとバナナを取り除き、土を敷いてない側のケースの底を水拭きした。水拭きしながら目で探したが、カタツムリはどこにもいない。バナナの中にいるのか?とバナナを解剖してみたが見当たらない。キュウリにもキャベツにもリンゴにも。

ふと、土を敷いてある側の隅に目が留まった。土からわずかに覗く渦巻き。

びっくりした。急いでネット検索。「カタツムリ 潜る」。

ヒットした。卵を産むときに土に潜るらしい。種類によっては冬眠・夏眠のときにも土に潜るのがいるらしい。

「カタツムリ」をネットで調べていて初めて知ったこと

その5 カタツムリは土に潜る

その6 カタツムリは冬眠だけでなく夏眠もする。

これらは、ぁぃさんのブログでも確認した。

ウチのカタツムリは、ガレージの壁から救出したときにすでに妊娠していたのか?

それとも、熟したバナナの匂いに辟易して潜ってしまったのか? あるいは夏眠?

 

6月29日

暑い。7月下旬並みの日差しの強さと気温。夏休みに入った子供たちの声が聞こえてきそうだ。

タツムリはまだ土の中。キュウリとキャベツは昨日のままで、あらたに食事をした痕跡がない。霧吹きは欠かさずしているが、どうにも心配でたまらない。ぁぃさんのブログに行って気を紛らわす。

そしたらまた新しい知見。

その7 カタツムリは基本、夜行性である。

ええ!マジですか? 知らんかった。長い生涯で、カタツムリは昼間にしか見たことなかった。

夕方、乾いてきたキュウリとキャベツを取り除き、皮をむいた赤肉メロン8分の1を置く。バナナを食べなかったのだからメロンも食べなそう。でも、ウチにはメロンが3個も残ってる。どれもみんな食べごろを数日以上経過してて、そろそろぼわぼわになりそうだ。人間もがんばって食べるからあんたも夜食にがんばって食べてね。

 

6月30日

やはりメロンは食べてなかった。熟れすぎたのはみんな残飯なのか。わしらは一所懸命、もったいない精神で残飯食ってるのか。 

野菜の売れ残りは何とかなる。葉野菜はいつでもおかずや汁物に使えるし、根野菜は日持ちがする。実物(みもの)もモノによるけど何とかならんことはない。

果物が困る。かんきつ類は温州みかん以外は日持ちがするからまだマシ。それ以外が、いやほんとにもう、ジュースやジャムにするの手間だし飽きたのよ。

ケースの蓋を開けると、蓋の内側とケースの中の数か所に、白黒のまだらフンがへばりついていた。てことは、やはり夜行性で夜になると起き出しているのだろう。白黒のまだらフンはしじみの殻を食べた証拠のようだ。

その8 カタツムリのフンには食べたものの色が出る。

メロンを外し、自家栽培から野生化して群生している青じそを、ぐねりと曲げて1本入れた(根と下のほうの硬い茎は切っておいた)。

見ていた夫が言った。

「そんな硬い、ごわごわしたもん入れるんか。拷問やな」

……はいはい、好きに言うたらよろしいが。

 

 

「無から有を生み出す」なんてありえるのか

表現者について、大仰な誤解が蔓延しているように思う。

小説でも絵画でも漫画でも脚本でも、立体オブジェでも商業・工業デザインでも。

 

表現者は『無から有を生み出す』」。

 

いや違うやろ。

なんかあんねん、素材の欠片が。

どんなものにでも。

 

その欠片は、台所のまな板の上のタケノコかもしれないし、

友だちが問わず語りに語ったエピソードかもしれないし、

サンダルの中で足裏を虐めた砂粒かもしれないし、


かつて見た複数の未来都市予想図のまぜこぜかもしれないし、

三次元的にあらわされたグリーン関数の最大値図かもしれない。

 

それをどう料理するかは

表現者の「間」「空間」感覚や、「リズム」「動き」や

「美」や「愛らしさ」などをどこに感じ、求めるか、の感覚にかかっている。

大雑把か緻密か、大胆か臆病か、ものぐさか偏執的か、

そうした創り手の性格、ときに矛盾する性格も込みで、

それらの感覚を「センス」と言う。 と、私は考えている。

 

だから、何をどう表現するか創りあげるかは『無から有を生み出す』などという神秘的なもの、アプリオリなものではない。まず事象事物があり、そこからイメージを導き出す「センス」と創りあげる「時間・体力・構築力」があるだけだ。

とらえたイメージの増幅や減衰も、行うのは「センス」だ。

 

『無から有を生み出す』という言葉を、いつどこの誰が最初に発したのか知らないが、この言葉を比喩ではなく、本気でそういう造物主的な表現者、能力者がいると信じる人たちがまだまだ多い。

それはオカルトと変わりがなくて、「根拠や依拠するところなくイメージが湧いて出る天才」幻想に結びつく。

万能感希求の裏返しであり、かつて「神」なるものを創出したこの幻想の怖いところは、幻想をビジネスあるいは統治に利用しようと考える人たちに、幻想を信じる人たちが容易に操作されてしまうことにある。

表現者の表現物評価で言えば、関係界隈の力学的上位者の高評価が「検証されることなく」そのまま界隈や世間の評価になり、金を産むツールとして神輿に担がれ、かついだ神輿の高さでまた評価が上がっていく。

そのぶん、いいものを有しながら力学的上位者に評価されなかった表現物が、一顧だにされることなく消えていくことがありうる。

検証のうえ、担がれるのならいい。それはまっとうな評価だ。

検証がおざなりになるのは、『無から有を生み出す』幻想をホントのコトのように生かしておくからじゃないか。そう思った。

 

カタツムリの食べ物

飼い始めた初日、24日はニンジンとキャベツをあげた。

25日はレタスと小松菜。

タツムリは、レタスをニンジンと同じくらいモリモリ食べていた。

で、ふと思った。

リンゴやバナナも食べてくれんかな。

 

商売柄、ウチでは、売るわけにいかず近所のおすそわけにも飽きられたリンゴやバナナが突発的にゴロゴロする。冷蔵庫で保管できるリンゴにしても、もう冷蔵庫はいっぱいいっぱいで、現在、あぶれたリンゴたちが床や段ボール箱の中で腐るのを待ってる状況だ。

バナナが特に困る。暑い時季はすぐドロドロになる。凍らせて冷凍バナナにしてみたこともあったが、誰も食べないので結局大量に捨てることになった。

象のおやつに差し入れたくても近くに動物園がない。一番いいのは、馬かクマを飼ってる人が近所にいて、食料調達の一環をこちらが担うことだが(野菜や乾麺を合わせればなんとかならないこともない)、田舎なのにそんな奇特な人がいないのだ。

象や馬、クマに比べれば、カタツムリが食べる量なんてたかが知れてる。

そうであっても、すべてが無駄になるよりは1万分の1でも何かのごはんになったほうがいい。

 

 「カタツムリ バナナ」で検索した。

ヒットした。

まさかのタイトル『バナナ大好きカタツムリ』。

バナナ大好きカタツムリ - ぁぃの飼育ブログ

ここには、「リンゴをあげたときにも一日中食べていました」とある。

私はネット痴呆に加えて機器類の操作音痴でもあるので、普段から「強大太陽風で電子機器全滅しないかな」と呪っていたのだが、ネットに感謝、大感謝。カタツムリのおかげでネットに感謝する日がくるとは思わなかった。

そのブログには、他にもタメになる記事がいっぱいあった。

中でも『カタツムリの栄養学を真剣に考察してみるの巻』が素晴らしすぎた。これは大いに参考になるし、応用が利く。

カタツムリの栄養学を真剣に考察してみるの巻 - ぁぃの飼育ブログ

早速、ブログの管理人さんにお願いしてリンクを貼らせていただいた次第。

 

今、わが家のカタツムリは、バナナ、リンゴ、キュウリ、キャベツに囲まれて極楽状態。昨夜は夕食の汁物にシジミ汁をしたので、シジミの殻も飼育ケースに入れた。

管理人のぁぃさん、ありがとうございました!ヽ(^o^)丿

 

「カタツムリ」をネットで調べていて初めて知ったこと

その2 カタツムリには左巻きと右巻きがいる

保護した生き物の名前を知りたくなるのは本能的なものかもしれない。一緒に住んだり世話をするのに「どこの誰かわからない」のはやっぱり気持ち悪い。

「カタツムリの種類」で検索。一番上にヒットしたのがこれ。

カタツムリの見分け方<一般>:自然しらべ2004「カタツムリ」:参加型プロジェクト|日本自然保護協会~NACS-J - THE NATURE CONSERVATION SOCIETY OF JAPAN

「えっ!こんなに種類あるわけ?」 見た途端、後悔した。

「カタツムリの種類を調べるなんて簡単。色や模様で8種類くらい」と思っていたのだ。種類によって左巻きと右巻きがあるなんてことも初耳だった。

それに、なんらかの脳の欠損だと思うが、私は左巻きや右巻きを図で示されても、それを実物と見比べて同じか違うかよくわからない。ナゼソレヲヒダリマキトイウノカ、てところで頭が混乱して停まってしまうのかもしれない。自分の手足の左右はわかる。でも台風の渦の左巻き右巻きはわからない(理解できない)。

保護したカタツムリは殻径20ミリ。巻きは右巻きじゃないかと思う。自信はない。巻きの高さは……これが高いのか低いのかよくわからない。殻に濃いスジはある。身は白っぽいというか、灰白色と亜麻色と砂色のまぜこぜ??

……種類確定は保留事項にした(-_-;) クチベニマイマイみたいに一見してすぐわかるカタツムリじゃないことだけは確かだ。

 

その3 ツルガマイマイなんてのもいる

絶滅のおそれがあるらしい。殻径36~47ミリとあるから結構大きめ。

名前にツルガとついているものの、福井県の動植物公式サイトには文字説明はあっても画像がない。福井県の西隣にある京都府舞鶴市 市民環境部 環境対策室 生活環境課 の「舞鶴フィールドミュージアム」というサイトで、大きな画像とわかりやすい説明文を見ることができた。

 

福井県動物目録(福井県みどりのデータバンク)

http://www.erc.pref.fukui.jp/gbank/snail/snail_1Page98.html

 舞鶴フィールドミュージアム

http://www.city.maizuru.kyoto.jp/html/sizen2/shizen7/shellfish06.html

 

種類名の前に、エゾやツシマやリュウキュウなど、特定の地域名が冠名のようについた生き物はいる。でもごくごく狭い範囲の市町村名?がついた生き物がいるとは知らなんだ。「秋田」犬だって秋田「県」だし。

江東シマウマとか天王寺カブトムシとかがいたらそれはそれで面白いけれど。

 

その4 カタツムリと似て非なるカタツムリの仲間もいる。

ヤマヒタチオビという生き物がそれだ。

肉食性の陸生貝で、動きが速いんだって。

ヤメテ。カタツムリは基本的に草食で動きがのろいからカワイイのよ?

まさか日本固有種じゃないだろう、と思ったら、やっぱり原産は外国だった。

これも人間のマッチポンプで生息域を爆発的に拡大。

ニンゲンって、サルかしら。

ヤマヒタチオビ - Wikipedia

カタツムリと寄生虫

福岡でIT講師刺殺事件があった。

その講師、はてなブログの人気ブロガーさんだったとかなんとか。

IT研修会の講師といっても、実態は「投機で儲ける」情報商材売りだったり、仮想通貨のカモ狩りだったり、胡散臭いベンチャー企業()や研修会、講師がITを騙ることが多い。だから最初は、自業自得殺人事件だろうと思ったのだが、次々に出てくる被害者の情報を読むと、自称IT関係者の詐欺師とは違う、クレバーでスマートなお人だったようだ。しつこい絡みに対するクールな突き放しも特徴で、そんなところが憎まれたり恨まれたりしたのだろう。

ともあれ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

さて本題。

 

ネットで「カタツムリ 種類 飼い方」を調べていたら、目からウロコなことがたくさんあった。

まず、タツムリは「ヒトに害をおよぼす寄生虫の中間宿主」になりうるらしい。

これ、まったく知らなかった。子どもの頃からカタツムリを見ると愛でずにいられなくて、たぶん触ったあと、それで目をかいたり指をなめたりしたことがあったはず。きっと鼻もほじっただろう。カタツムリ触るたびに手を洗った記憶など無い。

検索していろいろなサイトを見ると、カタツムリやナメクジに寄生するのは線虫の類で、その中でも広東住血線虫がヤバいとある。なるほど、文字列からしてまがまがしい。

ただ広東住血線虫はもともと南方系の有害線虫で、日本国内で問題になったのは、沖縄で発症例が出た1970年。国立感染症研究所の『広東住血線虫症』ページには、この線虫に感染したドブネズミやクマネズミが積み荷などとともに船舶で運ばれることによって分布が拡大した、とある。

ネズミ以外の運び屋は、食用エスカルゴのお安い代替として食用に供されるアフリカマイマイスクミリンゴガイアフリカマイマイは名前どおりアフリカ原産で、スクミリンゴガイ南アメリカが原産。

これら人為的に運ばれてきた宿主から、排せつや交雑によって日本のナメクジやカタツムリ、淡水棲貝などに寄生感染した可能性があるから気をつけろ、ということのようだ。

つまりはネズミであれナメクジ・カタツムリであれ、日本固有種(沖縄以外の、日本に長く棲みついて日本の風土気候に適応進化した生き物)は近年まで広東住血線虫とは無縁だったわけで、歴史的な事情を考慮せず、交雑して宿主になってる可能性があるから危険!(=駆除方向に走る)とするのは、人間の責任を無視した責任転嫁、濡れ衣に思える。

一応手は洗うが、ことさら危険視することは避けたい。無論、子どもや孫には「バイキンあるかもしれないから、触ったらよぉく手を洗おうね」とは言うつもりである。

 

国立感染症研究所の広東住血線虫に関するページはこちら。

広東住血線虫症とは

 

『日本における広東住血線虫ならびにその感染者の発生状況』はこちら。

http://idsc.nih.go.jp/iasr/CD-ROM/records/14/16404.htm

 

アフリカマイマイに関するウィキペディアのページはこちら。

この中の第4項『日本に定着した経緯』が怖面白い。まるっきり人災やんけ!(ーー;)

アフリカマイマイ - Wikipedia

 

スクミリンゴガイに関するウィキペディアのページはこちら。

こちらも人間の業の深さをしみじみ味わうことができる。

スクミリンゴガイ - Wikipedia

 

 

※なお、広東住血線虫の中間宿主とされるアシヒダナメクジは、厳密にはナメクジの仲間ではないらしい。写真を見ると陸に上がったアメフラシ色のウミウシみたいだ。

 

 

カタツムリを飼うことにした

6月の初めごろ、気がついたら夫の車庫の外壁にいた。

タツムリは、動く様子がなく、殻を閉じてへばりついていた。

外壁には塗装がしてある。有機溶剤の毒で死んでしまわないか気になったが、無理に剥がすと殻を割ってしまいそうだ。カタツムリを触るのなんて何十年ぶりだろう? 上手く剥がす自信がなかったので、捕食者につかまらないうちにどこかへ行ってくれることを願ってそのままにした。

日が過ぎて、梅雨っぽい雨が降りやんだ翌日。ちょうど大阪府北部地震の前日だ。朝の9時半ごろから急激に気温が上がり、カタツムリのいる壁は、昼には直射日光と駐車場のアスファルトの照り返しでとんでもなく熱くなった。

このままでは干からびて死んでしまう。でも、暑いさなかに壁から引きはがすと、熱気でトドメをさしてしまった、てなことになりかねない。私はこれまでに何回も、出目金や金魚、マツムシなどを『ものぐさ』で死なせてきている。これ以上、自分の汚点を増やしたくない。罪悪感に駆られながら、しかたがないと思うことにした。

しかし、その晩、どうしても心配になって、夫に話した。

 

私「あのカタツムリ、保護しなくて大丈夫かな」

夫「もう死んでるやろw」

 

夫は自分のプライドと自分の健康にかかわること以外には冷淡である。

息子にも話してみた。

 

息子「そんなん、寿命や」

私「暑さで死んじゃうんやで、寿命の途中やん」

息子「太陽で死ぬんやったら、それが寿命や」

 

息子は、父親がふだん悟ったように口にすることを真似る。悟ったようなことを言うからといって、悟っているとは限らない。ただの中二病なことがほとんどだ。息子は不惑に片足を突っ込んでいる。40歳目前で中二病というのも変だが、あれでも10歳までは可愛かったのだ。おお息子よ、あの頃のお前はどこへ。

 

それから数日経った今日6月24日は、またカンカン照りになった。

タツムリを見に行くと、殻の出入り口から3分の1ほどが透明になっている。

あわてて、ネットで『カタツムリがどういう状態になったら死んでいることになるのか』調べた。

ひとつは、殻の中が空っぽな場合(鳥や虫に食べられたあと)。

ふたつめは、カタツムリが殻から身を出して、つついたりひっくり返したりしても触角を縮めず動かずな場合。

みっつめは、どこかにしっかり貼りついてはいるが、殻が透明な場合。

 

たとえ死んでいても後悔したくない。ついに我慢ならなくなった私は、ネットでカタツムリの飼い方を調べてホームセンターに走った。

ちょっと大きめの飼育ケースを買い、ケースの底の左半分に差し芽用の砂を敷いて、水道水と亀の子タワシでよく洗ったコンクリ片を置き、右半分には湿らせたキッチンペーパーを二重に敷いた。そして園芸用の霧吹きでケースの中全体に水を吹き付け、ニンジンの欠片とキャベツの葉1枚を大きめにちぎったものを置いた。

あとはあのカタツムリをレスキューするだけ。

別のキッチンペーパーを水に濡らし、四つ折りにしてカタツムリの元に向かい、ペーパーで包み込むようにして壁から外した。成功。

ペーパーを静かに外してカタツムリをケース内のキャベツの葉に置く。

ケースは直射日光の当たらない部屋の北側にセット。

15分後、カタツムリは殻から半分体を出して、キャベツではなくニンジンを舐めていた。

この喜び、

死んでしまっててもダメ元のカタツムリが、触角をちゃんと出して食べ物のところにいる喜び。

久しぶりに「ああ、良かった」を味わえた。 

 

こわごわ

メルアドを取得してIDとパスワードを決めて、Hatenaでブログをすることにした。

Hatenaブログは、闇雲な自動言葉狩り機能で健全さをアピールする他のホスティングサービスとは一線を画しているらしい。文脈を考慮することなく、ただの一般名詞に機械的に過剰反応されてはブログをやる意味がない。成人として社会に生きている以上、PTAが小学生や中学生に要求する健全さとは健全の次元は異なって当たり前。タテマエの美文で「見せるワタシ」には、私はなれない。

それにどうやら、Hatenaブログには地味に文字ばっかりの主さんが多いようだ。写真の有無にかかわらず、いわゆる堅いテーマやネガティブな内容でも読ませるものを書いてる人が多い印象。いま、画面全体をながめて、きらきら感やカワイイ感の演出がないことにホッとしている。大人向けのブログサービスと言っていいのかな。

しかし。

書きたい、ブログやりたい!と思って始めてみたものの、何を書きたかったのかよくわからなくなってきた。

テーマはたぶんひとつにならない。

家庭内の憤懣事を書くこともあるだろうし、映画や本の感想、社会的な事件についてなどなど。しょーもないことも書くだろし。

まあいいや。