【感想】 2018 エリザベス女王杯

直線に向くまでは菊花の再現に見えたが、

持ち馬クロコスミアの気性と地力を熟知する岩田の頭脳プレーだった。

岩田とクロコスミアはこの日のために死んだふりをしていたようだ。

モレイラの急追にクビ差2着に敗れはしたが、逃げはこうじゃないといかん。

自馬が勝つための逃げじゃないと面白くない。

横典のトリッキーな逃げを形だけ真似して、

横典の後継者になれる、なったつもりの誰かには、

観衆の心をつかむ逃げの本質はきっとわからん。

 

勝ったのはリスグラシュー。ノーザン産でキャロットクラブの馬だが、矢作調教師は大手生産牧場の外厩スタッフよりも自分の目とやり方を信じる人だ。外厩頼りじゃない厩舎のG1勝利は、1競馬ファンとしてとても嬉しい。勝ち味が遅いリスグラシューに、じれったさを感じてもいたので、ホッとしたというのが正直なところ。

モレイラは巧かった。4コーナーではまだ中にいたのに、直線に向いて馬団子がばらける瞬間をとらえて即座に馬を外に出していた。まぁこれは京都のタイトな4コーナーカーブの特殊性で、速度任せにすると勝手に外にいってしまうのだが、その塩梅が絶妙というか。「ここで距離損したくない、直線で内をとりたい」が日本人騎手の思考なら、モレイラのは「小さな損は当たり前、グッドコンディションで勝ちに行く」であったと思う。自分の騎乗馬を信じる信じないより、まず自分の腕を信じているのが伝わってきた。

ただ、「自分の腕を信じる」は「他人(馬)は蹴散らす駒」とイコールになりやすい。勝負とはそういうものだと言われればそれまでだが、ルールの逸脱を看過するのはどうなのか。レース映像で、ゴールまであと200mと少しのところを見てほしい。モレイラは巧かったが、あのタイミングでの左鞭は確信犯(信念に基づき、本人が悪いことでないと確信してなされる犯罪的行為)ではなかったろうか。

馬がいいだけに、「こういうことをしなくても強い」ところを見せてほしかった。

……本馬の話題に戻る。

戦前、リスグラシューには距離不安の声がつきまとっていた。もっとも多かったのが「この馬はマイラー」という意見だ。

勝ち鞍と連対距離がマイル~1800に偏っていたから「リスグラシューに2000以上は長い」と見られても仕方ないのだが、「マイラー」視は極論すぎた。エンジンのかかりが遅くなってきたと関係者に言われている馬がマイラーのはずがない。

しかも彼女は、中団からでも後ろからでもなぜか2着が多い。競馬ウマのそういう場合に、原因として語られるのが「脚質が展開に合わなかった」「追い出しのタイミングがずれた」であるが、では、その原因が無かったものと仮定したとき、その馬の距離適性はどこにあるのか。

経験的に、2着3着がやたら多い馬は、「先頭には迫るが先頭になるのを嫌がる」か、「能力は高いが最適ではない距離または馬場を走らされている」か、「騎手に原因がある」かのどれかだ。そして、いくつかのレースをあらためて確認する限り、リスグラシューは先頭になるのを嫌がる馬ではなさそうだ。となると残る原因は二つしかない。つまりリスグラシューの距離適性は、2018年エリザベス女王杯までは不明だったと考えるのが妥当だろう。あと何戦か「腕っぷしとレース勘、馬だまし」に長けている騎手に乗ってもらえれば適距離がはっきりするはずだが、社台系クラブの馬ゆえ引退が目の前なのが残念である。

 

2着はクロコスミア。これは岩田に騙された。もう逃げる気力がなくなっていると思ってしまった。策士、勝負師だわ、岩田。

日本人が連対するのは嬉しい。競馬学校の若手や中堅の生え抜きにももっと存在をアピールしてほしいが、外国人騎手を交えての勝負で期待できるのは川田くらいか(川田の逃げはかっこいい。スローに落としていてもどこか殺気を感じさせる)。

クロコスミアは生産牧場が大手でないのがいい。母父ボストンハーバーなのがいい。ボストンハーバーといえば、かつて藤沢和雄厩舎からデビューしたイクスキューズという牝馬、私は彼女が好きで引退まで追いかけたことがある。藤沢和厩舎にしては数を使われていたので応援のつもりもあった。転厩もして、成績は尻すぼみになってしまったが、追いかけたおかげでボストンハーバーのいいところがわかるようになった。クロコスミアには父ステイゴールドと母父ボストンハーバーのいいところが遺伝しているようだ。

 

3着はモズカッチャン。はじめはそんなに気にもしていなかった馬だ。名前がふざけているし、しばらくは牡馬と勘違いしていてフローラステークスに出てきたときにはびっくりした。しかし、強いのと田中勝春騎手とは関係ないこととで、やがて無視できない存在になった。

このレースではどの馬がモズカッチャン潰しをやるのか、そっちに興味があった。ところが、始まってみるとそういう特定の馬を目当てにした攻防はほとんど無く(京都6Rの落馬事故が影響したか?)、レースはクロコスミア岩田の主導で淡々と進んだ。クロコ岩田は残り600mを過ぎたところでペースを速め、直線では猛追するリスグラモレイラと2頭の叩きあいになった。モズカッチャンはその3馬身後方。Mデムーロの追い出しが遅かったわけではなさそうで、これはその日の体調か力の差が出たと感じるレースだった。

それにしても、Mデムーロの夏を過ぎてからの不振はどうしたことか。モズカッチャンにまだ中間の微熱の影響があったとしても、以前のデムーロなら強引に勝ちに行く競馬をしていたのではないか。JRA所属騎手になる前から、彼の汚さとハングリーさとあざとさがキライで、今でも私はそこをまったく評価しないが、ここまで勝ち星から遠ざかるとさすがに不憫になる。

 

4着はレッドジェノバ。池添がまた叩かれてるが、菊花に続くこの4着はもうしょうがない。池添は叩かれすぎて日本人メンタルに取り込まれてしまった。それでもまだ叩かれてるわけだから、叩き続けてる連中は池添をただ潰したいだけなんだろう。

池添は、ちゃんとスキをうかがっていた。ルメールノームコアが1コーナーから2コーナーにかけて上がっていったのを見て、自身も上げていったが、外は蛯名にフタされ、斜め前にはMデムーロがいて追い出しが遅れた。これが前走の京都大賞典と同じような少頭数戦であれば各馬バラけてレッドも弾けることができたはず。

できれば、小島茂師と東京ホースクラブには池添を乗せ続けてほしい。1番人気2番人気にはならないだろうから馬券的に美味しい。

 

5着6着はこのレース2頭のみの3歳。ノームコアカンタービレである。

2頭は一見、不利もなく、いつでも前を捕えられるところにいて7着8着馬と変わらない位置でゴールしたように見える。しかしヒャッハーモードに入ったモレイラの「やんちゃ、お茶目」により、直線の途中でややブレーキがかかったのは否めない。それがなくても馬券圏内に入るのは難しかったとは思うが、直接影響を受けたカンタービレを例にとると、ひとつぐらい着順が上になっていた可能性はある。

エリザベス女王杯の6着は 賞金無しの出走奨励金840万円。5着賞金は1050万円。5着と6着とでは210万円の差がある。

カンタービレの生産牧場はかつてメイショウベルーガを生産した浦河杵臼の三嶋牧場で、馬主はキセキの所有者でもある石川達絵氏。210万円の差が痛いか痛くないか、外野にはうかがい知れないが、石川達絵氏には、モレイラに張り手の一発くらいかましていただきたかった

今回、走りがガタガタしていたように、カンタービレには多少疲れが残っていただろうし、周りに馬がいるのを気にする(いやがる、怖がる)素振りも感じた。そういう3歳を驚かせるのはフェアとは言えない。

 

ともかく、これでG1のルメール確変はいったん途切れた。

しかし馬次第でいつでも確変に再突入する。要警戒である。 

 

<追記>

・ヴァフラームに川又騎手を続けて乗せた馬主の市川さんと吉村調教師に、感謝と敬意を表します。若い日本人騎手を育てないと日本の競馬の未来は暗い。ありがとうございました。

・人気を背負って負けて、降ろされた岩崎翼騎手に、再度レイホーロマンスに乗るチャンスが巡ってくることを祈る。