カタツムリを飼うことにした

6月の初めごろ、気がついたら夫の車庫の外壁にいた。

タツムリは、動く様子がなく、殻を閉じてへばりついていた。

外壁には塗装がしてある。有機溶剤の毒で死んでしまわないか気になったが、無理に剥がすと殻を割ってしまいそうだ。カタツムリを触るのなんて何十年ぶりだろう? 上手く剥がす自信がなかったので、捕食者につかまらないうちにどこかへ行ってくれることを願ってそのままにした。

日が過ぎて、梅雨っぽい雨が降りやんだ翌日。ちょうど大阪府北部地震の前日だ。朝の9時半ごろから急激に気温が上がり、カタツムリのいる壁は、昼には直射日光と駐車場のアスファルトの照り返しでとんでもなく熱くなった。

このままでは干からびて死んでしまう。でも、暑いさなかに壁から引きはがすと、熱気でトドメをさしてしまった、てなことになりかねない。私はこれまでに何回も、出目金や金魚、マツムシなどを『ものぐさ』で死なせてきている。これ以上、自分の汚点を増やしたくない。罪悪感に駆られながら、しかたがないと思うことにした。

しかし、その晩、どうしても心配になって、夫に話した。

 

私「あのカタツムリ、保護しなくて大丈夫かな」

夫「もう死んでるやろw」

 

夫は自分のプライドと自分の健康にかかわること以外には冷淡である。

息子にも話してみた。

 

息子「そんなん、寿命や」

私「暑さで死んじゃうんやで、寿命の途中やん」

息子「太陽で死ぬんやったら、それが寿命や」

 

息子は、父親がふだん悟ったように口にすることを真似る。悟ったようなことを言うからといって、悟っているとは限らない。ただの中二病なことがほとんどだ。息子は不惑に片足を突っ込んでいる。40歳目前で中二病というのも変だが、あれでも10歳までは可愛かったのだ。おお息子よ、あの頃のお前はどこへ。

 

それから数日経った今日6月24日は、またカンカン照りになった。

タツムリを見に行くと、殻の出入り口から3分の1ほどが透明になっている。

あわてて、ネットで『カタツムリがどういう状態になったら死んでいることになるのか』調べた。

ひとつは、殻の中が空っぽな場合(鳥や虫に食べられたあと)。

ふたつめは、カタツムリが殻から身を出して、つついたりひっくり返したりしても触角を縮めず動かずな場合。

みっつめは、どこかにしっかり貼りついてはいるが、殻が透明な場合。

 

たとえ死んでいても後悔したくない。ついに我慢ならなくなった私は、ネットでカタツムリの飼い方を調べてホームセンターに走った。

ちょっと大きめの飼育ケースを買い、ケースの底の左半分に差し芽用の砂を敷いて、水道水と亀の子タワシでよく洗ったコンクリ片を置き、右半分には湿らせたキッチンペーパーを二重に敷いた。そして園芸用の霧吹きでケースの中全体に水を吹き付け、ニンジンの欠片とキャベツの葉1枚を大きめにちぎったものを置いた。

あとはあのカタツムリをレスキューするだけ。

別のキッチンペーパーを水に濡らし、四つ折りにしてカタツムリの元に向かい、ペーパーで包み込むようにして壁から外した。成功。

ペーパーを静かに外してカタツムリをケース内のキャベツの葉に置く。

ケースは直射日光の当たらない部屋の北側にセット。

15分後、カタツムリは殻から半分体を出して、キャベツではなくニンジンを舐めていた。

この喜び、

死んでしまっててもダメ元のカタツムリが、触角をちゃんと出して食べ物のところにいる喜び。

久しぶりに「ああ、良かった」を味わえた。